横浜地方裁判所 昭和46年(ワ)855号 判決 1974年10月30日
原告 株式会社共同技研
右代表者代表取締役 城俊一
右訴訟代理人弁護士 田中旭
被告 長坂昇
右訴訟代理人弁護士 古長六郎
同 古長設志
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一 原告は、「被告は原告に対し、金五二二万円及びこれに対する昭和四六年五月一六日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決と仮執行の宣言とを求め、請求の原因として、次のとおり述べた。
(一) 原告(当時の商号は城企業株式会社)は、昭和三六年三月二七日、訴外大矢あい(以下単に大矢という。)から別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という。)を代金五二二万円、内金三二〇万円は契約成立と同時に、残額は同年四月一日にそれぞれ支払う、原告及び大矢は農地法三条の規定に基づく県知事の許可申請をなし、右許可のあったときは直ちに所有権移転登記手続をする、との約定で買い受けた。
(二) 原告は、叙上の約定に従って、大矢に対し金五二二万円を支払い、本件土地を所有する被告から大矢を通じて所有権移転登記を受けるのを待っていたところ、本件土地外二筆の土地に関し被告と大矢との間に紛争が生じ、両者間において横浜地方裁判所昭和三六年(ワ)第三九七号所有権移転仮登記抹消登記手続請求事件として係属した。そこで、原告はやむをえず大矢に対し、右訴訟事件終結のうえ前記契約の履行をするよう督促していたが、右事件につき、被告(同事件の原告)、大矢(同事件の被告)間に、昭和四〇年七月三〇日、大要左のとおりの裁判上の和解(以下本件和解という。)が成立した。
第一条 被告と大矢とは、本件土地外二筆の土地につき昭和三六年二月二〇日締結した停止条件附売買契約を合意解除する。
第二条 被告は大矢に対し、示談金一三〇万円を昭和四〇年八月二〇日限り支払う。
第三条 大矢は、被告から前条の示談金の交付を受けるのと同時に被告に対し、本件土地外二筆の土地につき横浜地方法務局海老名出張所昭和三六年二月二一日受付第一七六〇号所有権移転仮登記の抹消登記手続をする。
第四条 被告は、本和解成立時に大矢と城企業株式会社との間に、本件土地売買につき紛議のあることを確認する。
第五条 被告は、前条の紛議に関する裁判上裁判外の一切の件を自己の責任において解決し、大矢に負担をかけない。
(三) ところで、被告は大矢との訴訟係属中から、原告、大矢間における前記契約の存在及びその履行の状況を熱知しており、他方、右契約に基づく原告と大矢との紛議解決の方法としては、本件土地につき原告に所有権移転登記をするか、さもなければ原告のした出捐を賠償するか、しかないわけであるから、おのずから本件和解条項第五条の趣旨は、被告を諾約者、大矢を要約者、城企業株式会社、すなわち原告を第三者とする第三者のためにする契約であることは明らかといわねばならない。そこで、原告は被告に対し、昭和四六年五月一三日付書面で原告の出捐金五二二万円の賠償請求権につき受益の意思表示をなし、同書面は同月一六日被告に到達した。
(四) よって、原告は被告に対し、金五二二万円及びこれに対する受益の意思表示の日である昭和四六年五月一六日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告は、主文同旨の判決を求め、請求原因に対する認否及び主張として、次のとおり述べた。
(一) 請求原因(一)項のうち、原告の前商号が城企業株式会社であったこと及び大矢が原告主張の日に原告に対し本件土地を売り渡す旨の契約を結んだことは認めるが、その余の事実は不知、(二)項のうち、原告が大矢に対し、本件土地売買に関して金五二二万円を支払ったこと、本件土地が被告の所有に属すること及び被告が大矢を相手方として原告主張の訴を提起し、被告、大矢間に原告主張の日に、主張のような条項を要旨とする本件和解が成立したことは、いずれも認めるが、その余の事実は不知、(三)項のうち、原告主張の日に、その主張の書面が被告に到達したことは認めるが、その余の事実は否認する。
(二) 被告と大矢との間の前記訴訟において、抹消登記請求の対象とされた仮登記は、被告が昭和三六年二月一八日ころ、大矢から金一〇〇万円(ただし手取りは金七四万円)を借り受けた際、被告の関知しない間に、大矢又はその周囲の者(山中照吉、清水龍吉、近藤晴夫ら)が被告の印章を冒用し、委任状等を偽造したことに因るものであったが、被告としては、大矢らのほしいままな行為によって迷惑を蒙りながらも大幅な譲歩をした結果、本件和解において、大矢に対し示談金一三〇万円を支払うこととしたものである。さすれば、被告の示談金の支払と大矢の仮登記抹消登記手続とは対価関係にあり、かつ経済的に等価値であって、そこには第三者のためにする契約の要件である諾約者、要約者間の補償関係の如きものは存在しない。従って、和解条項第四条は、単に事実の確認にとどまり、同第五条も、被告がもし大矢と原告との間の紛議に巻き込まれた際には、被告が自己の責任で防禦し、解決するとの趣旨であって、そのための諸費用は、本来は右紛議の因が大矢に存するのであるから同人が負担すべき理であるが、特に被告において負担し、大矢には請求しないという意味にすぎない。(もし、第三者のためにする契約をなすものであれば、和解条項中に、民法五三七条の要件を充足するような具体的給付を定めるべきであるし、それ以上の方法としては、本訴原告を利害関係人として直接和解に参加させるべき筋合いである。)
なお、大矢、原告間の本件土地に関する契約は、大矢又は山中照吉らが、被告と大矢との間に真実本件土地の売買契約が成立していないにもかかわらず、これが成立しているかのように装って原告を欺罔した結果であって、原告において支払った売買代金五二二万円は、原告が大矢又は山中らに詐取されたものに外ならない。
三 被告の主張に対する原告の反論
和解条項第四、五項の「紛議」なる表現は、本件和解以前に行なわれた被告、大矢間の調停手続に原告が参加して、被告に対し、「本件土地の所有権移転登記手続」又は「時価による賠償」を請求したところ、被告から、本件土地の一部につき所有権移転登記手続をするか、又は金五二二万円を支払うか、との提案がなされたけれども、結局、妥結するに至らなかった事実を踏まえて用いられたものである。右の如き経緯に鑑みると、本件和解条項第五項は、原告を第三者とする第三者のためにする契約と解すべきは当然である。
四 証拠≪省略≫
理由
一 本件土地が被告の所有に属していること、被告が、本件土地外二筆の所有地に関して、大矢を相手方とする所有権移転仮登記抹消登記手続請求訴訟(横浜地方裁判所昭和三六年(ワ)第三九七号事件)を提起したこと及び同訴訟において、被告、大矢間に、同四〇年七月三〇日、請求原因(二)項記載の条項を要旨とする本件和解が成立したこと、はいずれも当事者間に争いがない。
二 原告の前商号が城企業株式会社であったことも当事者間に争いがなく、そして原告は、本件和解条項第五項は、被告を諾約者、大矢を要約者、城企業株式会社、すなわち原告を第三者とする第三者のためにする契約であると主張する。
裁判上の和解の性質は、訴訟行為たる面と私法上の行為たる契約の面とを具有しており、その本質は当事者間の互譲による私法上の新たな規律にあって、これを裁判所が公証するものと解するのが相当であるから、和解の成立に必要なかぎりは、訴訟物以外の他の法律関係又は当事者の一方ないし双方と第三者との間の法律関係をも和解の目的として、統一的に解決し、規律し得るものといわねばならない。しかしながら、本件和解においては、本訴訟に顕われた全証拠によっても、その条項第五条が、原告主張のような第三者のためにする契約の趣旨を包含しているものとは、所詮認めることができない。けだし、第三者のためにする契約であるというには、第三者に対して、単に事実上の利益を与えるだけではなく、直接に権利を取得させる趣旨が明示的あるいは黙示的に契約の内容とされていなければならない。ところが、
1 本件和解条項は、その第四条において、「被告は、本和解成立時に大矢と城企業株式会社との間に本件土地売買につき紛議のあることを確認する。」とうたい、第五条は第四条をうけて、「被告は、前条の紛議に関する裁判上裁判外の一切の件を自己の責任において解決し、大矢に負担をかけない。」としているにすぎないのであるから、両条項の文言自体からみて、和解当事者たる被告が、城企業株式会社すなわち原告に対して、直接に権利を取得せしめるとの趣旨は到底これを看取することはできない。
2 もっとも、証人杉崎重郎及び原告代表者は、いずれも本件和解条項第五条の趣旨につき、原告の主張に添うかのような見解を述べている。しかしながら、①≪証拠省略≫によれば、本件和解条項第四、五条は、和解成立の直前に、当時大矢の代理人であった杉崎重郎弁護士の要請によって急遽加えられるに至ったものであり、被告の代理人古長六郎弁護士としては、両条項を原告主張のような趣旨には毛頭理解していなかったこと、むしろ、両条項は、本件土地の所有者たる被告が、昭和三六年三月二七日に大矢との間に本件土地の売買契約を結んだ原告から(右の日に、大矢、原告間に本件土地の売買契約が結ばれたことは、当事者間に争いがない。)、将来何らかの請求を受けることが慮かられたので、万一かような事態が生じたときには、被告の責任においてその解決をはかり、如何なる結果が生じようとも、大矢に対して求償はしないとの趣旨をうたったものと解して、叙上の要請に応じたものであること、が認められる。②さらに、叙上のように大矢から本件土地を買受けた原告が、右売買に関して、同人に対し金五二二万円を支払っていることは当事者間に争いがないから、大矢は、本件和解における示談金を合わせると、本件土地を含む数筆の土地をめぐって、実に六五二万円に及ぶ金員を入手しているといえよう。そして、被告が昭和三六年二月一八日ころ大矢から金一〇〇万円を借り受けたことはその自認するところであり、≪証拠省略≫に徴すれば、右借受けの際、利息の天引きがなされて、被告が現実に受領した金額は約七〇万円であることが認められるから、収支を考量すれば、大矢は本件土地などの取引に関連して、約五百数十万円の利得を挙げていると見られよう。そうだとすれば、かように莫大な利益を得ている大矢が、これに附加して、何ゆえ被告に対し、原告にも直接出捐するよう請求する権利を有するのか、換言すれば、大矢に対して示談金一三〇万円を支払っている被告が、如何なる理路から、第三者たる原告に対して債務を負担しなければならぬのか、自動車を通じて、首肯するに足る事由は見出し難いといわざるを得ない。③のみならず、≪証拠省略≫によれば、本件和解に先行して、被告、大矢間に行なわれた調停手続において、既に、被告は本訴原告をその利害関係人として参加させたき旨申請している事実を窺うことができるから、本件和解において、被告が本訴原告に直接債務を負担する意向を持ったとすれば、特段の事情のないかぎり、被告は、原告を本件和解の当事者として加わらしめるよう求めたであろうと推量するのが自然である。以上①ないし③に加えて、前示の如き和解条項の文言、≪証拠省略≫に比照すれば、前記証人杉崎重郎及び原告代表者の各供述は、たやすく採用し難いところといわねばならない。
三 さすれば、本件和解条項第五条が第三者のためにする契約であることを前提とする原告の本訴請求は、その余の判断に立ち入るまでもなく理由がないというべきであるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中田四郎)
<以下省略>